体と共に生きる

生きることがしんどかったとき、私はいつも精一杯考えて、計画して、損のないよう、無駄のないように

だんだんと生きることが、喜びにあふれて、頭を悩ませることが少なくなったけれど

なおまだ、たまに計算高く損得計算をする自分がいる

しかし振り返り、あんなに用意周到に計画していたのに、実はなんだか失敗ばかりで

今は、行き当たりばったり、その瞬間に精いっぱいで、先を考える余裕も暇もないけれど

なぜかいつも最高のタイミングで生きている

私を守る力強い存在が私を強く導いている

その存在が私の体で、この数年間辛抱強く関係性を紡いできた

ついついまだ考える癖は消えないけれど、私はもうわかっている

私の体が何でも知っていること、頼ってよいこと、ただ体が教えてくれたように動けばいいっていうこと

春山 亜季子

 

 

 

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