時を超えたい。

時を超えたい。

その時、自分の原点になっているのが

あの農作業のとき。

夢中になって、農作業をしているとき、

「気がついたら昼になっていた」

そんな経験は何度もしてきた。

あの状態がどんなことに対しても起こる、

どんなことに対しても夢中になって、時を忘れて、集中して取り組む。

そんなことができるようになれば、自分の可能性は大いに増えるだろう。

 

古民家の片付け整理、そして来るべきギリシャ塩を出迎えるべく、塩倉庫の片付け、

押し迫ってくるプレッシャーなんかも少し感じながらも、

時として夢中に慣れている瞬間もあるのかもしれない。

そのプレッシャーを感じながらも、それをうまい具合に

心地よさと原動力に変えられることができればいいのだろう。

 

「どう取り組むか、という心しだいだ。」

というのが事実であるし、言うのは簡単だ。

しかし、いざ、実践してみるとそうなれないときもある。

何故なのだろうか。

 

鍵を握るのは「食」だ。

もう十二分に感じていることだが、

どんなものをいただくかによって体調、心の状態は明確にかわる。

どちらかというと空腹の状態のとき、集中力は高まる。

そして、何かしら外的要因で自分にとって望ましくないことが

起こったとき、その集中は崩れる。

ほんとうはその望ましいんだか望ましくないんだかという判断を

下すことすら忘れるほどになれれば。。。

いや、起こったとしても

それを「ま、いっか」とおくことができる、「醒めたアホ」状態が必要なのだろう。

 

もう方法はわかっている、

あとはどう実践するかだけだ。

「犀の角のようにただ独り歩め。」

 

By Yasu

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