1.将来を担う若い世代の教育と、世代を超えた交流
2.生命畏敬型の農業の復興
3.自然環境改善のための実践による研究機関



世の中の価値観は、より物質的・経済的なものに支配されるようになりました。そのような現代社会に疑問を感じつつも成すすべも無く、生き方を見出す意志を失った若者が増えています。「どのような生き方か」では無く、「どれほどの収入か」というスキルとノウハウを競い合う現代社会のシステムの中、絶望している若い世代に、自ら具体的な展望を見出す実践教育の場を目指します。

また同時に、自らの人生の経験や実績を若者に継承させること、つまり次の世代を助ける事に生き甲斐を感じる既成世代が、若者と世代を超えて“共に汗を流して学ぶ”教育の場を目指します。


詳細は、『農哲学院の教育』の教育の特性をお読み下さい

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人間にとって「食」は生命の源であり、「農」は生活の源です。
このまま現代農業が続くなら、農業の分野だけでなく人間生活全般が危機的な局面に向かうでしょう。自然(土壌)収奪型の農業から、生命畏敬型農業へ転換するための、実践教育の場を目指します。


そもそも農業とは、人間にとって自然の恵みと恩恵の結果であり、その自然の恵みと恩恵を最大に維持、保存する営みが農業であったはずです。しかし、現代の農業は、こうした農業の原点を失った結果、人間を含めた自然界においてもっとも大切な『循環と調和』を無視し、人間は勿論、この地球を住処とするすべての生物をも危機的状況に追い込んでしまったのです。

周知のように自然界は、天文学的な生き物の総合体として、互いにダイナミックなかかわり合いと、驚嘆すべき自然法則によって成り立っていることは否定しようの無い事実です。いいかえれば、自然界とは、人の目に見えない非常に複雑かつ合理的な関わり合いによって成り立っている世界なのです。しかし、現代科学は、こうした自然界の関わり合いのほとんどを解き明かせていません。

例えば、土の中には膨大な数の土壌微生物が生息していると推測されていますが、現在の科学でその存在が確認できているのはほんの一部分にすぎないといわれています。また、単位面積の土壌における窒素分やリン酸分など栄養成分の量の分析はできても、それらの栄養成分が土の中でどのようなかかわり合いをもち、また、どのような働きをしているのかという内容はいまだ解明されていないのが現状です。

顧みれば、現代農業の科学性・能率性のみに目を奪われて、自然の教えを無視し、自然の法則に反した現代農業の問題は、ただ農業の問題だけでなく人類の存亡にかかわる重大な問題であるといえます。なぜなら、農業の問題は、われわれの存続の条件である『食べ物』と、地球環境の問題に直接的なかかわりを持っている問題であるからです。その意味で、今こそわれわれは、現代農業の問題点を明確に認識し、自然と農業の関係を再構築しなければならないのです。

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農業は、土壌汚染・水質汚染、森林破壊による生態系のゆがみと最も深くかかわっています。
東アジアで長く培われた伝統的な農の智慧の再発見と保存、発展的研究を通して地球環境の問題に貢献できる研究機関を目指します。


人間による自然破壊の歴史は古く、われわれが忘れてはいけないのは、逆説的にも自然界のバランスを大きく破壊したのは、農業を開始した時点だという事実です。

農業を無条件に賛美する人々の意識には一種の幻想があります。農業というものがもともと非自然的・人為的な要素が多い営みである点を無視し、あたかも農業が最高の自然的な営みのように錯覚している態度です。かれらは、農業という営みが自然を本来の状態から変えていく現状に目をそむけてきました。

現在の農業問題の多くは、農業が実質的に人間の力で自然を変え、壊していることを率直に認めず、それがあたかもあるがままの自然を大切にしていると思い込んでいたところにあったといえるでしょう。その結果、気が付くといつのまにか農業分野において激しい自然破壊が進んでいた・・・というのが真実ではないでしょうか。


そもそも農業は、人間が自己的な利益の見地からのみ、ある特定の作物を選び出すことです。農業の開始によって各種の生物がバランスよく共生していた自然界から農作物以外の植物・生物はことごとく雑草・あるいは害虫などの名で排除されてきました。農業の歴史とは、雑草・害虫の排除という果てしない繰り返しの過程です。つまり、農業技術の近代化とは、こうした面からみると、雑草・害虫の排除の方法を高度なものにする過程でもあり、農業は自然破壊の原因といえるでしょう。

少なくとも、近代以前の東アジアの農民たちは、農業というものが非自然的・人為的な営みであり、農業が実質的に人間の力で自然を変え、壊していることを率直に認めていたと思われます。

ほとんどの知識人たちが、農民の『愚行』と割り切って無視してきた地域史を彩る数々の農業行事な行事は、実はこうした農民の心情を表したものです。すなわち、農民が行う春の祭りは、大地を含めた宇宙万物の安眠期であった冬の終わりの告げと、大地への手入れを行う許しを乞う儀式でした。つまり、冬の間人の手を嫌っていた大地の物忌みを解く儀式なのです。

そして、天地のよみがえりが始まり、昼が夜の長さと等しくする春分を経て、昼がもっとも長くなる夏至のころになると草木は繁茂するようになりますが、人々は老幼にいたるまで万物を培う大地と苦労を共にするために農耕の仕事に汗を流し、人々との間の距離を埋めてくれる理法『協同心』を学びました。

やがて再び昼夜の等しくなる秋分の頃になると、草木は稔(みの)りはじめ、収穫が終わると、豊年の祭りが村々で催されます。それは、農事に終わりを告げ、大地を物忌みして、一年間の大地への手入れをあがなう儀式なのです。

今日、われわれが注目すべき東アジア自然観・農法というものは、一部の農民たちによって『農哲学』として形成されたものです。これは、支配側による収奪の地を這うように生きながらも『農』というものを『哲学する』農民たちが作り上げてきた輝く農の文化であるといえるでしょう。

こうした「農哲学」のこの源からA .G ハワードなど西洋の農学者にして4、000年の管理を経ても肥沃度を失っていない東洋農業と驚嘆せざるをえなかった「農の智慧」、「農の技術」が生まれたと思います。

「農哲学」の体験こそSustainable Agriculture(持続可能農業)の大前提であり、全地球規模で進んでいる破壊的な地球環境の問題解決の一助となるとわれわれは確信しています。


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